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2017.02.03 Friday

柴山温泉

 

こんにちは。光と海と風を感じる海辺の

 

小さな宿まる屋若大将、藤原啓太です。

 

今日の柴山湾の様子です。

 

 

 

柴山温泉

潮が引いています

 

 

 

 

波はとても穏やかです。

 

昨日、MBS毎日放送の「ちちんぷいぷい」

 

という番組の中で、柴山地区が

 

紹介されました。

 

「昔の人は偉かった」というコーナーで、

 

城崎温泉から有馬温泉まで、その土地に

 

ある温泉地や歴史を感じさせるスポット

 

を歩いて巡るという企画でした。

 

 

 

 

 

柴山温泉

なかなか過酷なロケだったと思います

 

 

 

 

ロケの日(1月23日)は、雪が降った

 

日でしたので、放送では雪が積もって

 

いましたが、今日現在、まる屋周辺に雪は

 

ありません。

 

前回の放送では、城崎温泉から竹野まで

 

を歩き、昨日の放送では竹野から香住まで

 

の海岸線を雪の中ひたすら歩かれて

 

いました。

 

 

 

柴山温泉

柴山地区にも立ち寄られました

 

 

 

柴山地区にも小さいながらも温泉があります。

 

少しだけ、ご紹介して頂きました。

 

 

 

 

 

柴山温泉

僧侶のお言葉で掘り当てられた温泉です

 

 

 

 

 

 

柴山温泉

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ、と思われた方!

 

まる屋をいつもご利用頂きありがとう

 

ございます。

 

よぉ〜く見ないと分かりませんが、

 

まる屋1階の浴場の様子を紹介して

 

頂きました。

 

柴山地区内を歩かれて、「養山(よう

 

ざん)城跡地」を巡られたり、漁港

 

近くのお店に立ち寄られていました。

 

 

 

 

 

柴山温泉

友人である彼が、バッチリ映っていました(笑)

 

 

 

 

 

来週の放送(2月9日)では、

 

香美町と新温泉町の温泉地や

 

歴史的スポットを巡られるようです。

 

是非、ご覧ください。

 

2月3日は節分ですね。

 

皆様の元へ、福がきますように。

 

「鬼は〜外」「福は〜内」

 

 

 

 

 

柴山温泉

 

 

 

 

 

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若大将


兵庫県北部地方を昔から但馬(たじま)と

呼びます
壮大な山々と豊かな海に囲まれた

この地域は、様々な魅力がいっぱいです
但馬(たじま)での旅行が楽しい思い出と

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いろんな情報をお伝えしていきます!

■年齢 32歳
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でも走るのは好き!

 

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2017.01.16 Monday

先祖代々 2

 

おはようございます。

 

光と海と風を感じる海辺の小さな宿

 

まる屋若大将、藤原啓太です。

 

まる屋があります地区は「柴山」と

 

いいます。

 

昔、沖浦(おきのうら)に

 

小字(こあざ)柴山という区域が

 

あったことから、港を含む地域全体を

 

柴山と呼ぶようになったそうです。

 

柴山地区の隣、佐津地区には、昔から

 

「丸山」と呼ばれていた山がありましたが、

 

海から見える丸山を目印に柴山の港へ

 

入ったことから、いつしかその山を

 

柴山と呼ぶようになったと『柴山港

 

漁業協同組合史』に記載されています。

 

漁業が主体であった上計(あげ)、

 

沖浦(おきのうら)地域。

 

海難事故により、漁業から手を引いた

 

浦上(うらがみ)とは異なり、漁業を

 

中心に発展していったこの土地は、

 

屋号に関しても、浦上とは違う文化が

 

生まれていきました。

 

 

《新たな土地で》

 

 

観光で来られた方はもちろん、地元の

 

方でなければその地域内に入る機会が

 

あまりない上計(あげ)。

 

柴山地区内では、世帯数、人口共に

 

最も多い地域です。

 

また、柴山漁港から北の沿岸部を

 

沖浦(おきのうら)といいます。

 

宿泊施設を利用される方や釣りを

 

楽しまれる方はご存知かと思います。

 

この地では、漁業を生業とする方が

 

多く住まれていました。

 

やはり、浦上と同じように屋号が

 

存在します。

 

しかし、浦上とは大きく違う点が

 

ありました。

 

それは「新宅」という文化です。

 

浦上では、2人の兄弟がいても、浦上に

 

残るのはそのうちの1人ということが

 

通例でしたが、土地が広く、漁業が生活の

 

基盤となっていた上計と沖浦では、複数の

 

兄弟が同じ地域に住み、新たに住居を

 

建てることができたのです。

 

一家の屋号が親から子へ、子から孫へ

 

と一人に伝えられてきた浦上とは異なり、

 

本家と分家が存在する上計と沖浦。

 

屋号はどのようになるのでしょうか。

 

 

《屋号の変化》

 

 

昔々、上計にヘイジロウという屋号の家が

 

ありました。

 

その家には、2人の兄弟がいました。

 

弟の名前はクニオといいます。

 

ヘイジロウという屋号の家は、長男が

 

継ぐことになり、弟のクニオさんは上計の

 

中の新たな土地で家を建てました。

 

新居には、ヘイジロウの家から出た

 

クニオさんが建てられた家という意味で

 

ヘイジロウ+クニオで、ヘイクニという

 

新たな屋号が生まれます。

 

おそらく、クニオさんが家を建てられて

 

からしばらくは「ヘイジロウの新宅」と

 

いう屋号であったと思われます。

 

「ヘイジロウの新宅」として生活する

 

うちにその家は周囲に認知されていきます。

 

やがてその一家の当主がクニオさんという

 

方であると認知されて、ヘイジロウの新宅

 

からヘイクニという屋号へ変化していったと

 

考えられます。

 

これが新しく屋号が生まれる上計、沖浦の

 

文化です。

 

 

《漁船と屋号》

 

 

漁業が盛んであった上計、沖浦。海にでる

 

漁師は当然、船を所有していました。

 

今では、所有する家は少なくなって

 

いますが、昔から船を代々引き継がれている

 

家は現在も残っています。

 

柴山漁港所属の栄正(えいしょう)丸。

 

僕の幼なじみの家が所有している漁船です。

 

家の屋号は、「庄五郎(しょうごろう)」と

 

いいます。

 

その家を庄五郎という屋号で認知されて

 

いる方は、昔からこの地に住む高齢者の

 

方が多く、その世代よりも若い世代の方には

 

船名である「栄正丸」又は、「栄正」と認知

 

されています。

 

「藤左衛門」から「まるや」が認知されだした

 

ように、船名が屋号の代わりとして

 

使われるようになっています。

 

しかし、船を所有する全ての家でそうなって

 

いるわけではありません。

 

もう一人の幼なじみの家は、福祥(ふくしょう)

 

丸という船を所有しています。

 

家の屋号は「佐吉(さきち)」です。

 

この家は、上計の地で長く続く家柄のためか

 

福祥丸という船名ではなく現在でも「佐吉」

 

いう屋号で周囲には知られています。

 

 

《各家々の独自の印》

 

 

上計、沖浦では、屋号とは別に、現在でも

 

伝えられているもう一つの文化があります。

 

 

 

 

 

屋号

 

 

 

 

 

これは「焼判(やきばん)」といい、

 

各家々に伝わる独自の印です。

 

商売をしている家では商売上でのトレード

 

マークとなり、商売をしていない家では

 

自分が所有している物につける印と

 

なっていたようです。

 

僕の曽祖父、安太郎さんがつけた「まるや」

 

と同じですね。

 

当時、浦上にも焼判の文化はあった

 

ようですが、今ではほとんど使われなく

 

なってしまったそうです。

 

 

 

 

 

 

屋号

 

 

 

 

 

 

写真は、柴山で水産加工業を営む寺川水産

 

の倉庫に眠っていたちょうちんです。

 

ちょうちんの表には焼判、裏には寺川

 

利三郎と書かれています。

 

 

 

 

 

 

屋号

 

 

 

 

 

 

 

利三郎とは、寺川水産のご先祖様の

 

名前です。

 

現在、寺川水産では「○(丸)」に「三」

 

で「マルサン」という新たな印を使用して

 

商売をされていますが、当時は、この焼判

 

が利三郎さんの家だと判断する印として

 

使われていたようです。

 

焼判を現在でも使用されている

 

ところもあります。

 

柴山漁港近くにあります今西食品。

 

屋号は甚六(じんろく)と言われる

 

そうですが、このような焼判を

 

使われています。

 

 

 

 

屋号

合併前の旧住所が表示されています

 

 

 

 

 

現在でも今西食品の文字の上部には

 

焼判をそのまま使用されています。

 

その他にも、焼判を商業用の

 

トレードマークとして現在も使用されて

 

いる業者はたくさん残っています。

 

 

 

《世界から注目される日本》

 

 

僕自身、屋号についての知識は

 

元々あまりありませんでした。

 

自分の家が「藤左衛門」という屋号で

 

何代も続いているということぐらいしか

 

理解はしていなかったのです。

 

しかし今回、柴山の方々にご協力を頂き、

 

屋号について調べるにつれて

 

この小さな田舎町にこれほどの文化や伝統が

 

残されているということを改めて

 

知ることとなりました。

 

最近では、日本全国の観光地で海外の

 

方を見られるようになりました。

 

城崎温泉など、但馬の観光地でも

 

海外のお客様は増えています。

 

2020年の東京オリンピックに

 

向けて日本に来られる海外の方は

 

益々、増えていくことでしょう。

 

現在の日本のこの状況は、自然と

 

起きたことでしょうか。

 

いえ、そうではないと思います。

 

ずっと以前から日本の良さを世界に

 

伝えようとした日本人の方々の

 

発信により現在の状況につながっている

 

と思います。

 

日本の良さを伝えたい、そのためには

 

日本の良さとは、何なのかを深く知ること。

 

これだけ世界で日本が注目されている

 

のは、時代、歴史、伝統、気候、食材、

 

改めてそれらを見つめなおし、熟知し、

 

海外に伝えていった結果だと思います。

 

それを、柴山に、香美町に、但馬に

 

置き換えて考えてみるとどうでしょう。

 

柴山の、香美町の、但馬の良さは、その

 

土地に住む方が一番よくわかっておられる

 

と思います。

 

もちろん、悪い点もよくわかっておられる

 

ことと思います。

 

小さな田舎町の柴山に、これだけの文化、

 

伝統が残っています。

 

但馬の様々な地域でも、きっと昔から

 

受け継がれているものは残っている

 

ことでしょう。

 

地元のこと、自分が住んでいる所の

 

ことを知る。

 

但馬に住む方々が但馬の良さを認識し、

 

深く理解し、外部に伝えようとすれば

 

その魅力が伝わるような気がします。

 

これは、但馬以外でも日本全国、どの土地

 

でも同じことです。

 

「自分が住むこの町の良さってなんだろう?」

 

「この町に昔から続く伝統って何だろう?」と

 

改めて考えて頂ければ・・・、

 

おじいさんおばあさんや、地元に長く

 

住まれている方々の聞いて、当たり前

 

すぎて気にも留めてなかった

 

ことをもう一度考えてみて頂ければ・・・、

 

これ程嬉しいことはありません。

 

自分が住んでいる土地のことを深く

 

知ることで、その土地が今よりももっと

 

光り輝いて見えてくるのではないでしょうか。

 

 

 

 

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2017.01.12 Thursday

先祖代々 1

 

おはようございます。

 

光と海と風を感じる海辺の小さな宿

 

まる屋若大将、藤原啓太です。

 

皆様は、「屋号」という言葉を

 

ご存知でしょうか?

 

一般的には、個人店や企業につけられる

 

名称で、「店の名前」とも言えるのが

 

屋号です。

 

まる屋には、「まるや」という屋号が

 

あります。

 

祖父の代で作られた宿の名前です。

 

実は、まる屋には「藤左衛門

 

(とうざえもん)」という屋号もあります。

 

宿の屋号とは別にあります。

 

屋号の本来の意味とは、その一家、一門に

 

付けられる名称のことをいい、柴山地区に

 

あります各家々にも名字とは違う、

 

家の屋号が存在しています。

 

 

《ご先祖様から》

 

 

まる屋がありますのは、柴山地区の中の

 

浦上(うらがみ)という地域です。

 

JR柴山駅周辺、柴山海水浴場から

 

すぐ近くの地域をいいます。

 

 

 

 

屋号

柴山地区全景写真、赤丸が浦上です

 

 

 

 

 

個人で商売をされている家もありますが、

 

それ以外の職に就かれている家の方が

 

多いです。

 

浦上の家々に付いている屋号を一部、

 

ご紹介します。

 

太郎兵衛(たろべえ)

治左衛門(じざえもん)

藤左衛門(とうざえもん)

佐兵衛(さへい)

彦治(ひこじ)

重五郎(じゅうごろう)

惣太夫(そうだゆう)

小右衛門(こえもん)

佐吉郎(さきちろう)

五郎兵衛(ごろべえ)

治兵衛(じへい)

平助(へいすけ)

庄三郎(しょうざ)

六三郎(ろくざ)

三郎右衛門(さぶろうえもん)

彦兵衛(ひこべえ)

三四郎(さんしろう)

重左衛門(じゅうざえもん)

又四郎(またしろう)

三郎兵衛(さぶろべえ)

 

            ・・・等々

 

ご覧頂いたように、屋号には人物の

 

名前が使われています。

 

その家のご先祖様のお名前が、

 

そのまま屋号になっているようです。

 

現在でも、浦上の方は日常的に

 

この屋号を使われています。

 

さて、まる屋にはなぜ2つの屋号が

 

あるのでしょうか。

 

その理由は、僕の曾祖父の時代に

 

さかのぼります。

 

 

《まる屋の由来》

 

 

父方の曾祖父は「安太郎(やすたろう)」

 

という名前でした。

 

当時、安太郎さんは自分が所有する物

 

や道具に自分の物だとわかるように

 

目印を付けていました。

 

その印が、やすたろうの「や」に

 

「○印」を加えたもの。

 

「○(丸)」に「や」で「まるや」と

 

決めていたそうです。

 

その頃は、「藤左衛門」という屋号が

 

あったのですが、「まるや」の

 

印を使うにつれ、徐々に「まるや」で

 

周りの方々に浸透していったそうです。

 

その後、祖父の代で始めた民宿業の

 

宿名を周囲に浸透していた「まるや」を

 

そのまま屋号とし、「まる屋」と

 

名付けられました。

 

 

 

《受け継がれる屋号》

 

 

 

居住地としての土地が少なかった

 

浦上では、子孫を残しつつも、生活を

 

続けるためにあるルールがありました。

 

昔々、浦上に2人の兄弟がいました。

 

長男が結婚して、実家で両親と一緒に

 

住むことになりました。

 

続いて、次男も結婚が決まりました。

 

実家には、長男夫婦がいるので、次男

 

夫婦は実家を出ることになります。

 

その時、次男夫婦は浦上の中の新たな

 

土地で新居を構えるのではなく、

 

この地域を出ることになるのです。

 

地域全体を考えると、あまり裕福では

 

なかった浦上。

 

その上、新たに家を建てる土地もあまり

 

ありませんでした。

 

そこで考えられたのが、その一家の後を

 

継ぐ者以外の兄弟は、浦上を離れ、他の

 

土地でお金を稼ぎ、生活するということ

 

でした。

 

現在では、時代がかわり、新しく家を

 

建てられた方もいらっしゃいますが、

 

浦上に住まれているほぼ全ての方は

 

それぞれの屋号となる名前のご先祖様

 

直系の末えいとなります。

 

我が家に残るご先祖様に関する

 

資料を調べると、第一代藤左衛門は

 

宝永5(1708)年に亡くなられた

 

ことが記されています。

 

宝永年間(1704年〜1710年)には

 

日本史上最大級と推定されている宝永地震や

 

富士山の史上最後の噴火(宝永大噴火)が

 

起き、宝永通宝(ほうえいつうほう)という

 

銭貨の発行などが行われた時代です。

 

 

 

 

 

屋号

 

 

 

こちらは、香美町にあります「ジオパークと

 

海の文化館」に展示されている江戸期の

 

海岸絵図です。

 

美含郡 丹生澗図(みぐみぐん にゅうかんず)

 

と題され、当時、出石藩の領地であった

 

柴山地区の様子が描かれています。

 

こちらの絵図は宝暦13(1763)年〜

 

文政11(1828)年の間に描かれたもの

 

と推測されていますので、この絵図が描かれた

 

時代にはすでに浦上という地域が、

 

その中に藤左衛門という屋号の家が

 

存在していたことになります。

 

江戸時代から現在まで脈々と

 

受け継がれる藤左衛門という屋号。

 

現当主である大将は十代目藤左衛門、

 

僕は、十一代目藤左衛門を襲名する

 

ことになります。

 

なんだか、歌舞伎役者みたいですね。

 

 

《柴山地区の屋号》

 

 

同じ柴山地区内の上計(あげ)、

 

沖浦(おきのうら)という地域にも

 

各家々に屋号が存在します。

 

どちらも浦上から車で5分圏内の

 

地域ですが、浦上とは違う風習や

 

屋号のルールが存在していました。

 

 

 

つづく

 

 

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